紋の付け方と種類
キモノと紋
「紋章」というのは、諸外国にもありますが、日本の紋章は、各自の苗字と共に受け継がれた、日本人の家との関係を表わすもので、称して「家紋」と呼んでいます。衣服に紋章を付ける用い方は、日本独自のもので、他の国には見られません。
家紋には、自然物からの描写である雲・波・草花、扇面・亀甲〈キッコウ〉、文字を意匠化したものまであり、現在では5000種類あるといわれています。
家紋をつける風習は、一般的に平安時代の中頃、公家が自分の所有物である牛車や衣服、調度品に本人や家の好みの文様を付けたことから始まったといわれています。実際キモノに家紋を付け出したのは、足利時代以後のようです。その頃の紋は男性のもので、女性がキモノに紋を付けるようになったのは、江戸時代中頃になってからのことで、裾模様のキモノに付けることから始まりました。その時から「女紋〈オンナモン〉」が作られ、男性の紋と区別するようになりました。
明治になって、一般庶民にも苗字が許されるようになり、どの家でも自家の紋を持つようになります。その後、式服として男子は紋付・袴、女子は紋付きのキモノを着用するようになります。式服は、儀式の時に用いることから、紋を付ける位置・形・大きさも一定し、それが現在に受け継がれています。その中で、紋の大きさだけは、時代の流れと共に変化しています。

きものに使用される紋の種類
 紋の種類は、染め下生地の生地白で紋を表わす「染め抜き紋」と、黒や他の色で紋を描く「染め紋」と、刺繍による「縫い紋」に大別されます。このうち最も格が高いものが「染め抜き紋」で、第一礼装には必ずこれを用います。
染め抜き紋
染め抜き紋には、「日向紋〈ヒナタモン〉」・「中陰紋〈チュウカゲモン〉」・「陰紋〈カゲモン〉」の三種類があります。その中でも「日向紋」が最も格が高く、日向五つ紋は、留袖・黒喪服・男性用の第一礼服にだけ付けられます。
「中陰紋」は、キモノの品種との関係で、日向紋では大げさすぎる時や、地色との兼ね合いで使います。日向一つ紋より、中陰三つ紋の方が格は上になります。
陰紋は、略式の紋となるので、ほとんどの場合一つ紋で使われます。濃い色無地や羽織に用いられることが、一般的に多いようです。
摺〈ス〉り込み紋
キモノの柄の一色を使ったり、地色の共濃色を使って染めるものを「摺り込み紋」といいます。キモノの地色との対比で、染め抜き紋では目立たない場合などに用いますが、どちらかといえば、装飾的イメージになる紋なので、染め抜き紋より格は下になります。
その他の染め紋
染のおしゃれ紋として、「加賀紋」・「友禅染紋」・「覗〈ノゾ〉き紋」などがあります。これらの紋は、装飾的な意味の強い紋なので、遊び心を持って楽しめます。
縫い紋
縫い紋にも、日向・中陰・陰の三つの表現方法がありますが、染め抜き紋のように、格の上下は特にありません。また、刺繍の技法による上下もないといえるでしょう。

金・銀糸
正式な家紋を金・銀糸や共色の濃淡で、忠実に刺繍したものを一つ紋にしておけば、軽い略礼装として着用できます。色無地のキモノを略喪服として使う場合は、銀糸で陰の一つ紋にしておきます。しかし、金糸を使って、日向三つ紋にしたものは、かなり派手になるので、礼装にはあまり用いない方が良いでしょう。
これらの紋は、外出着・パーティ着などに軽い格調を添えたい時に一つ紋、もしくは三つ紋で用います。
おしゃれ着用
多彩な色糸使いで、家紋を絵画的な図柄などにアレンジした紋を、「加賀縫い紋」・「縫いしゃれ紋」といい、ほとんどのキモノに自由に付けることができます。紬・御召、小紋のキモノにも、好みの色・柄・大きさで、キモノの地色やバランスを考え、似合うものを選び、優雅なおしゃれを楽しんでください。

紋の基礎知識
紋の数
紋の表わし方でキモノの格や用途が違ってくるように、紋の数によっても格が違ってきます。紋には、五つ紋・三つ紋・一つ紋の3通りがあり、同じ表現方法の紋なら数の多い方が格が高いことになります。五つ紋に限っては、正式なものに入れる紋数なので、染め抜き日向紋しか付けません。
三つ紋は、半略式紋数なので、染め抜きの中陰や陰紋、摺り込み日向紋、縫い紋など、キモノの格に合わせて付けます。
一つ紋は略式ですから、どんな表現方法でも付けられます。
紋の個数と位置
紋を入れる位置には、一定の基準があります。五つ紋は、背に1つ(背紋)、左右の胸に1つずつ(抱き紋)、左右両袖の後側(袖紋)の計5ヶ所に入れます。三つ紋の場合は背紋と袖紋、一つ紋は背紋だけにします。
背紋は、背縫いの中心、衿付け位置から5.5センチ下がった所に紋の上辺がくる位置。袖紋は、それぞれの袖幅の中央で袖山から7.5センチ下がった所が紋の上辺です。抱き紋は、前身頃の中心で肩山から15センチ下がった所に紋の上辺が位置するようにします。
紋の大きさ
紋の大きさには、特に規定はありません。江戸時代の衣装を見ると、女性用でも、直径が5センチ程度あり、明治時代以降は、時代の流れと共に小さくなる傾向があります。現在の標準的サイズは、女性用で直径2.1センチ(五分五里)、男性用で3.8センチ(一寸)とされています。また、子供用としては、女児は女性用と同じで、男児は3センチ(八分)となっています。
※ 紋の大きさや位置は、着る人の体格や個人の好みで多少加減してもかまいません。同じ紋でも、染め抜き紋は縫い紋より大きく見えたり、凹凸の多い形のものより、下り藤や抱き茗荷〈ミョウガ〉のような丸くすっきりした紋の方が大きく見える傾向があるので、見た目に美しく見える程度に小さくすれば良いでしょう。
紋と輪の関係
紋の輪にも種類があります。標準的な太さの輪を「丸輪」と呼び、紋の直径の一割(女性用なら2.1ミリ)とされており、丸輪の倍のものを「太輪」、半分のものを「中輪」、そのまた半分を「細輪」、さらにその半分を「糸輪」といいます。その他、「雪輪」・「竹輪」「隅切〈スミキ〉り」といった特殊なものもありますが、その家で昔から決っている以外は、丸輪にしておくのが一般的です。

※ 本来紋に輪はなかったのですが、キモノに紋を付けることから、輪ができたものと思われます。輪の太さ、輪の有無等、特別な決まりはないので、自家の紋の図柄に合うものを決めればいいでしょう。
太輪 丸輪 中輪 細輪 糸輪
定紋・替紋・女紋
家紋は一家でいくつも持っている場合があります。家を代表する公式の紋を「定紋〈ジョウモン〉」( 本紋・正紋)といい、それ以外にも、勲功や婚姻などで、他に新しく加えられた紋を「替紋〈カエモン〉」(控え紋・裏紋)といいます。また、女性が嫁いだ後に、実家の紋をそのまま用いるものを「女紋〈オンナモン〉」といい、妻は実家の紋をそのまま使うことがしきたりとなっていますが、本人が自発的に嫁ぎ先の紋を使うようになることは差しつかえありません。
これら定紋・替紋・女紋による格の上下はありません。
紋入れのタイミング
刺繍で表わす縫い紋や染料で摺り込む摺り込み紋は、キモノが仕立て上がってからでも紋入れはできますが、染め抜き紋の場合は、誂え染めするキモノなら、染める前の白生地の段階で頼みます。地染めがすでにされている時は、特殊な薬品で紋部分の地色を色抜きして、染め抜きに表わすことになるので、濃い地色のものなどは、きれいに抜けないこともあります。そのために、黒留袖や黒喪服などは、紋の入る位置をあらかじめ白い丸で染め残しています。これを石持〈コクモ〉ちといい、キモノを買い求めた人が後で自家の紋を入れられるようにしてあります。
※ 自家の家紋を注文する時、正確に伝えられるように「紋鑑」を作っておくと良いでしょう。
※ 紋付きのキモノを保管する時は、紋の部分に白い紙を当ててたたみ、畳紙〈タトウシ〉に入れて保管しましょう。